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第24-2話 乗用車発表に際して・豊田喜一郎(旧字旧仮名)


■ 伏字ふせじ漢字かんじ

※ ❶いち~から❻ろくは小1しょういち~から小6しょうろく、❼ななは中学ちゅうがくで覚おぼえる常用じょうよう漢字かんじです。
小1,❶: 早
小3,❸: 向 , 流
小4,❹: 以
小6,❻: 論
中学,❼: 且 , 尚 , 徴 , 慮 , 般

■ 学習がくしゅうコンテンツ  

※ 読よみ仮名がなで漢字『かんじ』(『かんじ』)の様ように括弧かっこの付ついた漢字かんじは原書げんしょで読よみ仮名がなが付ついている漢字かんじです。


乘用車じょうようしゃ發表はっぴょうに際さいして
――豐田とよだ常務じょうむのメツセージ――
豊田とよだ喜一郎きいちろう

       賛否さんぴ兩❻りょうろんの對立たいりつ

 そこで❶速さっそくストリームラインの研究けんきゅうに着手ちゃくしゅし、一方いっぽう色々いろいろの人々ひとびとに之これに對たいする意見いけんを聽きいてみた。それを分類ぶんるいすると次つぎの樣ようになつた。

一ひとつ、國粹的こくすいてき反對はんたい❻ろん
一ひとつ、❸線りゅうせん型けい❼❶しょうそう❻ろん
一ひとつ、米國べいこく型がた禁止きんし❻ろん

 大體だいたい❹上いじょうの通とおり各人かくじん各樣かくようの意見いけんが出でたが、その中なかに
 同おなじ造つくるなら最もっとも新あたらしい型かたを設計せっけいせよ。之これが完成かんせいする頃ころは丁度ちょうど日本にほんの傾❸けいこうが之これと合致がっちする。
 といふゆう徹底的てっていてき賛成さんせい❻ろんもあつた。こんな風ふうに賛否さんぴ兩❻りょうろん相あい交錯こうさくするので私わたくしも大おおいに迷まよひ、結局けっきょく思おもひ當あたつた事ことは實物じつぶつを示しめして巷ちまたの批評ひひょうを直接ちょくせつに聞きくことであつた。かくて私わたくし自みずから彼かの❸線りゅうせん型けい車しゃなる物ものを買かひ求もとめ東京とうきょう市中しちゅうを所ところ嫌いやはず乘のり廻まわし其處そこら此處ここらに車くるまを停とめて行人いくひとの言げんに耳みみを聳そばだてた。
 素人しろうとのみか自動車じどうしゃに相當そうとう經驗けいけんを有ゆうする人ひとの八、九はちきゅう割わりまでが❸線りゅうせん型けい採用さいように反對はんたいを唱となへたのである。今いまから思おもへばむしろ滑稽こっけいな位くらいな感かんじがする。
 今度こんどは手てを換かへて❸線りゅうせん型けい車しゃの畫えと從來じゅうらいの型かたの車くるまの畫えを示しめして「さあどちらが自動車じどうしゃらしい?」と云いふ質問しつもんに對たいして半數はんすう❹上いじょうは「それは❸線りゅうせん型けいが良よい」といふゆう答こたえを得えた之これに依よつてやゝや自信じしんを恢復かいふくしたものの要ようするに如何いかなる型かたを選えらぶ可べきかと突詰つきつめて考かんがへてみると前述ぜんじゅつの如ごとき事情じじょうでは何いずれを採とる可べきか全々ぜんぜん方針ほうしんがつかなくなつて了しまつた。しかし自分じぶんとしては何どうも❸線りゅうせん型けいが良よい樣ように思おもへてならない。

 此處ここらに於おいて研究けんきゅうを一層いっそう深ふかめるべく車くるまの分解ぶんかいに着手ちゃくしゅした。
 先まづフレームの構造こうぞうを見みるとフレーム・コンストラクシヨンは力學りきがく的てきに確たしかに❸線りゅうせん型けいの方ほうが優まさつてゐいる。即すなわち新型式しんがたしきを採用さいようする事ことは何等なんら❸行りゅうこうを追おふものに非あらずして、より進歩しんぽしたフレームコンストラクシヨンを使用しようする事ことである。
 私わたくしは美術的びじゅつてき方面ほうめんの考❼こうりょは暫しばらく除外じょがいして、純じゅん科學かがく的てきな公平こうへいな立場たちばに於おいて將來しょうらいの自動車じどうしゃのモデルは❸線りゅうせん型けいを採用さいようせねばならぬと獨ひとり決心けっしんした。しかし餘あまり突飛とっぴなものを造つくる事ことは出來できないとも考かんがへられるので最後さいごの斷案だんあんを下くだす前まえに一應いちおう母親ははおやに相談そうだんすると
「何いずれでも好すきな方ほうを選えらぶがよい。しかし新あたらしい物ものを賣出うりだす時ときは何なにか特❼とくちょうのある物ものを選えらんだ方ほうが賣うり易やすいものだ」と言いはれた。この一言ひとことで私わたくしは斷然だんぜん❸線りゅうせん型けいを選えらぶ事ことに決意けついした。
 この型かたは前記ぜんき特色とくしょくの他ほかに空氣くうき抵抗ていこうの少すくない事こと、塵埃じんあいを後方こうほうに捲まき起おこす程度ていどが少すくない事こと等などの長所ちょうしょが續々ぞくぞくと擧あげられる。又また一方いっぽうに於おいては之これに對たいする非難ひなんも全然ぜんぜん無ない譯わけではない。然しかし要ようするに之これ等などの非難ひなんは新型しんがたへ移行いこうしやうとする際さいには如何いかなる場合ばあいでも多少たしょうは免まぬかれない所ところである。私わたくしの工場こうじょうではどしどし設計せっけいと製作せいさくを進捗しんちょくさせた。
 その内うちに「❸線りゅうせん型けい」といふゆう言葉ことばは非常ひじょうな勢いきおいで❸行りゅうこう語ご化かし、何なんでも走はしる物ものは❸線りゅうせん型けいでなくてはならぬ樣ようになり、又またその方ほうが速はやく走はしる樣ような感かんじを一❼いっぱんに懷いだかせる樣ようになつた。從したがつて自動車じどうしゃに就つても❸線りゅうせん型けいは最❶もはや常識じょうしきの世界せかいの物ものとなつて來きた。
 さて斯樣かようにして❸線りゅうせん型けい時代じだいを迎むかへたものゝの、凡およそ同おなじ❸線りゅうせん型けいにしても色々いろいろのヴアラエテイがあるものであり、又また之これ等などから受うける美的びてき感情かんじょうは各人かくじんの知識ちしき、經驗けいけん、教養きょうよう等などによつて相當そうとうに異ことなり一いち❹もつて萬まんに通つうずるものはなく、よつてこの美的びてき方面ほうめんには餘あまり神經しんけいを使つかはない事ことにし、むしろ我わが國くにの諸しょ條件じょうけんに鑑かんがみ第一だいいちに實用じつよう的てきにして堅牢けんろうなもの、第二だいにに一日いちにちも❶はやく市場しじょうに出だす事ことを根本こんぽん方針ほうしんにした。之これに基もとづいて完成かんせいを急いそぐ間あいだにもいつしか半年はんとしは過すぎ此この間あいだ外國人がいこくじんの手てを借かりやうと思おもはぬでもなかつたが、幸さいわいに我等われらの手てで造つくり上あげる事ことに成功せいこうした。
 今いまにして思おもへば國産車こくさんしゃたる❹上いじょう日本人にほんじんだけの手てで完成かんせいするのが當然とうぜんだとも評ひょうされやうがこれまでには隨分ずいぶん苦勞くろうしたものである。
 私わたくしは前まえに型かたの美術的びじゅつてき方面ほうめんは第だい二議にぎ的てきに考かんがへると述のべたが勿❻もちろん此この方面ほうめんを無視むしするものではなく、むしろ大衆たいしゅう❸むきのものを製作せいさくする事ことを常つねに考❼こうりょして居いるのであつて、一❼いっぱん世間せけんの潮❸ちょうりゅうにも或ある程度ていどに順應じゅんおうし❼かつ一年いちねんなり二年にねんなり之これをリードしたものを考かんがへて行いく事ことを方針ほうしんとしてゐいる。斯樣かような次第しだいで所謂いわゆる大衆車たいしゅうしゃとしては外國車がいこくしゃより一歩いっぽ進すすんだ型かたを選定せんていしてゐいると思おもつてゐいる。
 固もとより私わたくしは❹上いじょうを❹もって安閑あんかんたるものではなく引ひき續つづき型かたの研究けんきゅうを行おこなつて居いるのであるがさて今後こんご如何いかなる方面ほうめんに進すすむ可べきか、惟おもふにこれからは大おおいに日本人にほんじん獨特どくとくの考かんがへを取入とりいれ、より東洋とうよう❸むきな、より高❼こうしょうな趣味しゅみを表現ひょうげんしたいと考かんがへてゐいる。
 それには我々われわれの工場こうじょう内部ないぶのみの意見いけんでは不充分ふじゅうぶんであり、廣ひろく各かく方面ほうめんの意❸いこうを❼ちょうして型かたを決定けっていすべきであると思おもふ。

■ コンテンツこんてんつ  


乘用車じょうようしゃ發表はっぴょうに際さいして
――豐田とよだ常務じょうむのメツセージめつせーじ――
豊田とよだ喜一郎きいちろう

       賛否さんぴ兩論りょうろんの對立たいりつ

 そこで早速さっそくストリームすとりーむラインらいんの研究けんきゅうに着手ちゃくしゅし、一方いっぽう色々いろいろの人々ひとびとに之これに對たいする意見いけんを聽きいてみた。それを分類ぶんるいすると次つぎの樣ようになつた。

一ひとつ、國粹的こくすいてき反對はんたい論ろん
一ひとつ、流線りゅうせん型けい尚早しょうそう論ろん
一ひとつ、米國べいこく型がた禁止きんし論ろん

 大體だいたい以上いじょうの通とおり各人かくじん各樣かくようの意見いけんが出でたが、その中なかに
 同おなじ造つくるなら最もっとも新あたらしい型かたを設計せっけいせよ。之これが完成かんせいする頃ころは丁度ちょうど日本にほんの傾向けいこうが之これと合致がっちする。
 といふゆう徹底的てっていてき賛成さんせい論ろんもあつた。こんな風ふうに賛否さんぴ兩論りょうろん相あい交錯こうさくするので私わたくしも大おおいに迷まよひ、結局けっきょく思おもひ當あたつた事ことは實物じつぶつを示しめして巷ちまたの批評ひひょうを直接ちょくせつに聞きくことであつた。かくて私わたくし自みずから彼かの流線りゅうせん型けい車しゃなる物ものを買かひ求もとめ東京とうきょう市中しちゅうを所ところ嫌いやはず乘のり廻まわし其處そこら此處ここらに車くるまを停とめて行人いくひとの言げんに耳みみを聳そばだてた。
 素人しろうとのみか自動車じどうしゃに相當そうとう經驗けいけんを有ゆうする人ひとの八、九はちきゅう割わりまでが流線りゅうせん型けい採用さいように反對はんたいを唱となへたのである。今いまから思おもへばむしろ滑稽こっけいな位くらいな感かんじがする。
 今度こんどは手てを換かへて流線りゅうせん型けい車しゃの畫えと從來じゅうらいの型かたの車くるまの畫えを示しめして「さあどちらが自動車じどうしゃらしい?」と云いふ質問しつもんに對たいして半數はんすう以上いじょうは「それは流線りゅうせん型けいが良よい」といふゆう答こたえを得えた之これに依よつてやゝや自信じしんを恢復かいふくしたものの要ようするに如何いかなる型かたを選えらぶ可べきかと突詰つきつめて考かんがへてみると前述ぜんじゅつの如ごとき事情じじょうでは何いずれを採とる可べきか全々ぜんぜん方針ほうしんがつかなくなつて了しまつた。しかし自分じぶんとしては何どうも流線りゅうせん型けいが良よい樣ように思おもへてならない。

 此處ここらに於おいて研究けんきゅうを一層いっそう深ふかめるべく車くるまの分解ぶんかいに着手ちゃくしゅした。
 先まづフレームふれーむの構造こうぞうを見みるとフレームふれーむ・コンストこんすとラクシヨンらくしよんは力學りきがく的てきに確たしかに流線りゅうせん型けいの方ほうが優まさつてゐいる。即すなわち新型式しんがたしきを採用さいようする事ことは何等なんら流行りゅうこうを追おふものに非あらずして、より進歩しんぽしたフレームふれーむコンストこんすとラクシヨンらくしよんを使用しようする事ことである。
 私わたくしは美術的びじゅつてき方面ほうめんの考慮こうりょは暫しばらく除外じょがいして、純じゅん科學かがく的てきな公平こうへいな立場たちばに於おいて將來しょうらいの自動車じどうしゃのモデルもでるは流線りゅうせん型けいを採用さいようせねばならぬと獨ひとり決心けっしんした。しかし餘あまり突飛とっぴなものを造つくる事ことは出來できないとも考かんがへられるので最後さいごの斷案だんあんを下くだす前まえに一應いちおう母親ははおやに相談そうだんすると
「何いずれでも好すきな方ほうを選えらぶがよい。しかし新あたらしい物ものを賣出うりだす時ときは何なにか特徴とくちょうのある物ものを選えらんだ方ほうが賣うり易やすいものだ」と言いはれた。この一言ひとことで私わたくしは斷然だんぜん流線りゅうせん型けいを選えらぶ事ことに決意けついした。
 この型かたは前記ぜんき特色とくしょくの他ほかに空氣くうき抵抗ていこうの少すくない事こと、塵埃じんあいを後方こうほうに捲まき起おこす程度ていどが少すくない事こと等などの長所ちょうしょが續々ぞくぞくと擧あげられる。又また一方いっぽうに於おいては之これに對たいする非難ひなんも全然ぜんぜん無ない譯わけではない。然しかし要ようするに之これ等などの非難ひなんは新型しんがたへ移行いこうしやうとする際さいには如何いかなる場合ばあいでも多少たしょうは免まぬかれない所ところである。私わたくしの工場こうじょうではどしどし設計せっけいと製作せいさくを進捗しんちょくさせた。
 その内うちに「流線りゅうせん型けい」といふゆう言葉ことばは非常ひじょうな勢いきおいで流行りゅうこう語ご化かし、何なんでも走はしる物ものは流線りゅうせん型けいでなくてはならぬ樣ようになり、又またその方ほうが速はやく走はしる樣ような感かんじを一般いっぱんに懷いだかせる樣ようになつた。從したがつて自動車じどうしゃに就つても流線りゅうせん型けいは最早もはや常識じょうしきの世界せかいの物ものとなつて來きた。
 さて斯樣かようにして流線りゅうせん型けい時代じだいを迎むかへたものゝの、凡およそ同おなじ流線りゅうせん型けいにしても色々いろいろのヴアラエテイゔあらえていがあるものであり、又また之これ等などから受うける美的びてき感情かんじょうは各人かくじんの知識ちしき、經驗けいけん、教養きょうよう等などによつて相當そうとうに異ことなり一いち以もつて萬まんに通つうずるものはなく、よつてこの美的びてき方面ほうめんには餘あまり神經しんけいを使つかはない事ことにし、むしろ我わが國くにの諸しょ條件じょうけんに鑑かんがみ第一だいいちに實用じつよう的てきにして堅牢けんろうなもの、第二だいにに一日いちにちも早はやく市場しじょうに出だす事ことを根本こんぽん方針ほうしんにした。之これに基もとづいて完成かんせいを急いそぐ間あいだにもいつしか半年はんとしは過すぎ此この間あいだ外國人がいこくじんの手てを借かりやうと思おもはぬでもなかつたが、幸さいわいに我等われらの手てで造つくり上あげる事ことに成功せいこうした。
 今いまにして思おもへば國産車こくさんしゃたる以上いじょう日本人にほんじんだけの手てで完成かんせいするのが當然とうぜんだとも評ひょうされやうがこれまでには隨分ずいぶん苦勞くろうしたものである。
 私わたくしは前まえに型かたの美術的びじゅつてき方面ほうめんは第だい二議にぎ的てきに考かんがへると述のべたが勿論もちろん此この方面ほうめんを無視むしするものではなく、むしろ大衆たいしゅう向むきのものを製作せいさくする事ことを常つねに考慮こうりょして居いるのであつて、一般いっぱん世間せけんの潮流ちょうりゅうにも或ある程度ていどに順應じゅんおうし且かつ一年いちねんなり二年にねんなり之これをリードりーどしたものを考かんがへて行いく事ことを方針ほうしんとしてゐいる。斯樣かような次第しだいで所謂いわゆる大衆車たいしゅうしゃとしては外國車がいこくしゃより一歩いっぽ進すすんだ型かたを選定せんていしてゐいると思おもつてゐいる。
 固もとより私わたくしは以上いじょうを以もって安閑あんかんたるものではなく引ひき續つづき型かたの研究けんきゅうを行おこなつて居いるのであるがさて今後こんご如何いかなる方面ほうめんに進すすむ可べきか、惟おもふにこれからは大おおいに日本人にほんじん獨特どくとくの考かんがへを取入とりいれ、より東洋とうよう向むきな、より高尚こうしょうな趣味しゅみを表現ひょうげんしたいと考かんがへてゐいる。
 それには我々われわれの工場こうじょう内部ないぶのみの意見いけんでは不充分ふじゅうぶんであり、廣ひろく各かく方面ほうめんの意向いこうを徴ちょうして型かたを決定けっていすべきであると思おもふ。

■ 原書情報(青空文庫) 図書カード:No.53533(旧字旧仮名) https://www.aozora.gr.jp/cards/001362/card53533.html https://www.aozora.gr.jp/cards/001362/files/53533_56476.html 底本:「豊田喜一郎文書集成」名古屋大学出版会    1999(平成11)年4月15日初版第1刷発行 初出:「トヨダニュース 第四号」    1936(昭和11)年7月20日 入力:sogo 校正:塚本由紀
■ 漢字の説明( Explanation of kanji )  
❶
早
ソウ・㊥サッ・早はやい・早はやまる・早はやめる・▲早さ
precociousぷりこーしゃす
❸
向
コウ・▲キョウ・向むく・向むける・向むかう・向むこう・▲向さきに
directionでぃれくしょん
❸
流
リュウ・㋙ル・流ながれる・流ながす
flowふろー
❹
以
イ・▲以もって・▲以もちいる
becauseびこーず ,withうぃず ,byばい meansみーんず ofおぶ
❻
論
ロン・▲論あげつらう・▲論とく
theoryせおりー
❼
且
ショ・且かつ・▲且しばらく・且まさに
andえんど ,moreoverもあおーばー
❼
尚
ショウ・▲尚なお・▲尚たっとぶ・▲尚とうとぶ・▲尚くわえる
furthermoreふぁーざーもー
❼
徴
チョウ・▲チ・▲徴しるし・▲徴めす
signさいん
❼
慮
リョ・▲慮おもんぱかる
considerationこんしでれーしょん
❼
般
ハン・▲般たぐい・般めぐる
generallyじぇんれりー
(付記,Note)
※ 最初の行は音訓読みを記載しています。カタカナは音読み、ひらがなルビは訓読みです。
※ ▲は常用外の読み方です。㊥は中学・㋙は高校で習う読み方です。漢検・漢字辞典の記載に準拠しています。
※ ▲ is a non-regular reading. ㊥ is the reading learned in junior high school and ㋙ is the reading learned in high school.
■ 漢字のリンク集/書き順&意味 , stroke order:Mojinavi , Another languages:Google , Bing
1小1 ❶早MojnaviGoogleBing
2小3 ❸向MojnaviGoogleBing
3小3 ❸流MojnaviGoogleBing
4小4 ❹以MojnaviGoogleBing
5小6 ❻論MojnaviGoogleBing
6中学 ❼且MojnaviGoogleBing
7中学 ❼尚MojnaviGoogleBing
8中学 ❼徴MojnaviGoogleBing
9中学 ❼慮MojnaviGoogleBing
10中学 ❼般MojnaviGoogleBing
★★★ 各小説投稿サイトへのリンク集(各投稿サイトでも公開しています) ★★★
Q:青空文庫って、何ですか?
A:1997年に始まったボランティア活動で、誰にでもアクセスできる自由な電子本を、共有可能なものとして図書館のようにインターネット上に集めようとしております。現在は、日本国内で著作権保護期間の満了した作品を中心に、ボランティアのみなさんの力によって電子化作業を進めています。青空文庫はそういった電子化活動のための、またその成果物をアーカイヴしておくための場でもあり、そこからコピーされた本の集成や活用事例もまた〈青空文庫〉と呼ばれることがあります。
Q: What is Aozora Bunko?
A: The volunteer activities, which began in 1997, the free e-book that can be accessed by anyone in, we are going to gather on the Internet like a library as a thing that can be shared. Currently, we are proceeding with digitization work with the help of volunteers, focusing on works whose copyright protection period has expired in Japan. Aozora Bunko is a place for such digitization activities and for archiving the deliverables, and the collection and use cases of books copied from it are also sometimes called “Aozora Bunko”.
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