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第26話 トヨタ自動車一周年を迎へて・豊田喜一郎(旧字旧仮名)


■ 伏字ふせじ漢字かんじ

※ ❶いち~から❻ろくは小1しょういち~から小6しょうろく、❼ななは中学ちゅうがくで覚おぼえる常用じょうよう漢字かんじです。
小2,❷: 内
小5,❺: 備 , 準 , 能 , 造
中学,❼: 丈 , 幾 , 慨 , 漸 , 紡

■ 学習がくしゅうコンテンツ  

※ 読よみ仮名がなで漢字『かんじ』(『かんじ』)の様ように括弧かっこの付ついた漢字かんじは原書げんしょで読よみ仮名がなが付ついている漢字かんじです。


作品さくひん名めい:トヨタ自動車じどうしゃ一周年いっしゅうねんを迎むかえへて
著者ちょしゃ名めい:豊田とよだ喜一郎きいちろう

 昨年さくねん[一九三五せんきゅうひゃくさんじゅうご年ねん]十一じゅういち月がつ二十一にじゅういち日にちにトヨタ自動車じどうしゃが始はじめて形かたちとなつて皆樣みなさまの前まえに表あらはれたのでございますが、當時とうじ、私わたくしはノツピキならぬ用事ようじのため、滿洲まんしゅうに旅行りょこうして居おりました。廿一にじゅういち日にち東京とうきょうより長文ちょうぶんの電報でんぽうを受取うけとつた時ときは實じつに感❼かんがい無量むりょうでありました。
 それから既すでに一年いちねんの星霜せいそうを過すごした今日きょう、再ふたたび同おなじ樣ような感かんに打うたれる次第しだいです。
 トヨタ自動車じどうしゃが❼ようやく市場しじょうに顏かおを見みせる樣ようになりました。此これの自動車じどうしゃが今日きょう茲ここまでになるには一技師ぎしの單たんなる道みち樂がくでは出來いずきません。❼多いくたの人々ひとびとの苦心くしん研究けんきゅうと各かく方面ほうめんの智識ちしきの集合しゅうごうと長年月ちょうねんげつに亘わたる努力どりょくと❼多いくたの失敗しっぱいから生うまれ出でたのであります。
 日本にほんで果はたして大衆車たいしゅうしゃが出來できるであらうか? 三年さんねん前まえの多おおくの人々ひとびとは殆ほとんど不可❺ふかのうであると考かんがへて居いました。殊ことに自動車じどうしゃ方面ほうめんに經驗けいけんのある方々かたがたは痛切つうせつにそれを考かんがへて居おられました。私わたくしは自動車じどうしゃには全まったく無經驗むけいけんでありますが、父ちち在世ざいせ時代じだいから何時いつか自動車じどうしゃ製❺せいぞうをやつて見みたいと思おもつて❼織機ぼうしょくきの製❺せいぞうも實じつは其その段取だんどりの一部分いちぶぶん位くらいに考かんがへて居いましたので、エンヂンの設計せっけいや研究けんきゅうには早はやくから着手ちゃくしゅして居おりました。昭和しょうわ八年はちねん大體だいたいの❺❺じゅんびが出來できましたので震災しんさい十周年じゅっしゅうねん記念きねんの九月くがつ一日ついたちを期きして愈々いよいよ正式せいしきに會社かいしゃとして自動車じどうしゃ製作せいさくに着手ちゃくしゅする事ことになりました。
 多おおくの人々ひとびとは如何いかに其その無謀むぼうであるかを蔭かげながら噂うわさして居おられました。或ある人ひとは直接ちょくせつ私わたくしに注意ちゅういして呉くれました。自動車じどうしゃ工業こうぎょうの如何いかに難事業なんじぎょうであるかと云いふ事ことも聞きかされました。然しかしこの事ことは數年前すうねんまえより充分じゅうぶんに聞知ぶんちして居いる事ことであり、其それが爲ため今いままでの下❺❺したじゅんびに骨ほねを折おつて來きたので、豐田とよだ自動じどう織機しょっき製作所せいさくしょの現在げんざいの力ちからを以もつてすれば必かならずしも不可❺ふかのうな事ことではあるまいと確信かくしんしました。嘗かつて❼績ぼうせき機械きかいは外國がいこく品ひん萬❺ばんのうで❷地ないち品ひんを見みむきもしなかつたものを、此この數年間すうねんかんに全まったく輸入ゆにゅうを止とめ❷地ないち品ひんを尊敬そんけいし❷地ないち品ひん萬❺ばんのうの時代じだいに至いたらしめたと同おなじ經驗けいけんを繰返くりかえす事ことに依よつて自動車じどうしゃ工業こうぎょうは必かならず成なり立たつものと思おもひました。
 こゝこに思おもひ掛かけない自動車じどうしゃ工業こうぎょう法案ほうあんが出來できましたので國家こっかに對たいする義務ぎむが生しょうじて來きました。いやでも應おうでも早はやく營業えいぎょう化かされる樣よう努力どりょくしなくてはならなくなつてきました。
 愈々いよいよ自動車じどうしゃ製❺せいぞうに着手ちゃくしゅすると正式せいしきに決定けっていしてから三年さんねん間かん一體いったい何なにをして居いたか、昨年さくねん十一じゅういち月がつ二十一にじゅういち日にち東京とうきょう芝浦しばうら自動車じどうしゃホテルで發表はっぴょうするまで一臺いちだいも製作せいさく出來できなかったのです。然しかも何百なんびゃく人にんと云いふ人ひとが遊あそんで居いたわけではありません。一體いったい何なにを作つくつて居いたか? 自動車じどうしゃ製❺せいぞうの❺❺じゅんびをして居いたのであります。
 三十年さんじゅうねんも四十年よんじゅうねんも掛かかつて現在げんざいにまでなつた外國がいこく車しゃの假令たとえ模❺もぞうであらうとも、下❺❺したじゅんびに四年よねんや五年ごねん掛かかるのは當然とうぜんです。三年さんねん間かんでは未いまだ完全かんぜんな❺❺じゅんびは出來できるものではありません。然しかし❼ようやく車くるまが出來できる❼だけになりました。

■ コンテンツこんてんつ  


作品さくひん名めい:トヨタとよた自動車じどうしゃ一周年いっしゅうねんを迎むかえへて
著者ちょしゃ名めい:豊田とよだ喜一郎きいちろう

 昨年さくねん[一九三五せんきゅうひゃくさんじゅうご年ねん]十一じゅういち月がつ二十一にじゅういち日にちにトヨタとよた自動車じどうしゃが始はじめて形かたちとなつて皆樣みなさまの前まえに表あらはれたのでございますが、當時とうじ、私わたくしはノツピキのつぴきならぬ用事ようじのため、滿洲まんしゅうに旅行りょこうして居おりました。廿一にじゅういち日にち東京とうきょうより長文ちょうぶんの電報でんぽうを受取うけとつた時ときは實じつに感慨かんがい無量むりょうでありました。
 それから既すでに一年いちねんの星霜せいそうを過すごした今日きょう、再ふたたび同おなじ樣ような感かんに打うたれる次第しだいです。
 トヨタとよた自動車じどうしゃが漸ようやく市場しじょうに顏かおを見みせる樣ようになりました。此これの自動車じどうしゃが今日きょう茲ここまでになるには一技師ぎしの單たんなる道みち樂がくでは出來いずきません。幾多いくたの人々ひとびとの苦心くしん研究けんきゅうと各かく方面ほうめんの智識ちしきの集合しゅうごうと長年月ちょうねんげつに亘わたる努力どりょくと幾多いくたの失敗しっぱいから生うまれ出でたのであります。
 日本にほんで果はたして大衆車たいしゅうしゃが出來できるであらうか? 三年さんねん前まえの多おおくの人々ひとびとは殆ほとんど不可能ふかのうであると考かんがへて居いました。殊ことに自動車じどうしゃ方面ほうめんに經驗けいけんのある方々かたがたは痛切つうせつにそれを考かんがへて居おられました。私わたくしは自動車じどうしゃには全まったく無經驗むけいけんでありますが、父ちち在世ざいせ時代じだいから何時いつか自動車じどうしゃ製造せいぞうをやつて見みたいと思おもつて紡織機ぼうしょくきの製造せいぞうも實じつは其その段取だんどりの一部分いちぶぶん位くらいに考かんがへて居いましたので、エンヂンえんぢんの設計せっけいや研究けんきゅうには早はやくから着手ちゃくしゅして居おりました。昭和しょうわ八年はちねん大體だいたいの準備じゅんびが出來できましたので震災しんさい十周年じゅっしゅうねん記念きねんの九月くがつ一日ついたちを期きして愈々いよいよ正式せいしきに會社かいしゃとして自動車じどうしゃ製作せいさくに着手ちゃくしゅする事ことになりました。
 多おおくの人々ひとびとは如何いかに其その無謀むぼうであるかを蔭かげながら噂うわさして居おられました。或ある人ひとは直接ちょくせつ私わたくしに注意ちゅういして呉くれました。自動車じどうしゃ工業こうぎょうの如何いかに難事業なんじぎょうであるかと云いふ事ことも聞きかされました。然しかしこの事ことは數年前すうねんまえより充分じゅうぶんに聞知ぶんちして居いる事ことであり、其それが爲ため今いままでの下準備したじゅんびに骨ほねを折おつて來きたので、豐田とよだ自動じどう織機しょっき製作所せいさくしょの現在げんざいの力ちからを以もつてすれば必かならずしも不可能ふかのうな事ことではあるまいと確信かくしんしました。嘗かつて紡績ぼうせき機械きかいは外國がいこく品ひん萬能ばんのうで内地ないち品ひんを見みむきもしなかつたものを、此この數年間すうねんかんに全まったく輸入ゆにゅうを止とめ内地ないち品ひんを尊敬そんけいし内地ないち品ひん萬能ばんのうの時代じだいに至いたらしめたと同おなじ經驗けいけんを繰返くりかえす事ことに依よつて自動車じどうしゃ工業こうぎょうは必かならず成なり立たつものと思おもひました。
 こゝこに思おもひ掛かけない自動車じどうしゃ工業こうぎょう法案ほうあんが出來できましたので國家こっかに對たいする義務ぎむが生しょうじて來きました。いやでも應おうでも早はやく營業えいぎょう化かされる樣よう努力どりょくしなくてはならなくなつてきました。
 愈々いよいよ自動車じどうしゃ製造せいぞうに着手ちゃくしゅすると正式せいしきに決定けっていしてから三年さんねん間かん一體いったい何なにをして居いたか、昨年さくねん十一じゅういち月がつ二十一にじゅういち日にち東京とうきょう芝浦しばうら自動車じどうしゃホテルほてるで發表はっぴょうするまで一臺いちだいも製作せいさく出來できなかったのです。然しかも何百なんびゃく人にんと云いふ人ひとが遊あそんで居いたわけではありません。一體いったい何なにを作つくつて居いたか? 自動車じどうしゃ製造せいぞうの準備じゅんびをして居いたのであります。
 三十年さんじゅうねんも四十年よんじゅうねんも掛かかつて現在げんざいにまでなつた外國がいこく車しゃの假令たとえ模造もぞうであらうとも、下準備したじゅんびに四年よねんや五年ごねん掛かかるのは當然とうぜんです。三年さんねん間かんでは未いまだ完全かんぜんな準備じゅんびは出來できるものではありません。然しかし漸ようやく車くるまが出來できる丈だけになりました。

■ 原書情報(青空文庫) 図書カード:No.53679(旧字旧仮名) https://www.aozora.gr.jp/cards/001362/card53679.html https://www.aozora.gr.jp/cards/001362/files/53679_56520.html 底本:「豊田喜一郎文書集成」名古屋大学出版会    1999(平成11)年4月15日初版第1刷発行 初出:「トヨタニュース 第十号」    1936(昭和11)年11月21日 ※[一九三五年]は、底本編集者による加筆です。 入力:sogo 校正:塚本由紀
■ 漢字の説明( Explanation of kanji )  
❷
内
ナイ・㊥ダイ・▲ノウ・▲ドウ・内うち・▲内いる
insideいんさいど
❺
備
ビ・▲ヒ・備そなえる・備そなわる・▲備つぶさに
preparationぷりぱれーしょん ,equipmentいくいっぷめんと
❺
準
ジュン・▲シュン・▲セツ・▲準なぞらえる
associateあそしえーと ,semiせみ
❺
能
ノウ・▲ドウ・▲能あたう・▲能よく・▲能よくする・▲能はたらき
talentたれんと ,functionふぁんくしょん ,abilityあびりてぃ
❺
造
ゾウ・造つくる・▲造いたる・▲造なる・▲造はじめる・▲造みやつこ
constructionこんすとらくしょん
❼
丈
ジョウ・丈たけ
heightはいと
❼
幾
キ・幾いく・▲幾ほとんど・▲幾きざし・▲幾こいねがう
someさむ ,variousべありあす
❼
慨
ガイ・▲カイ・▲慨なげく・▲慨いきどおる
toとぅ regretりぐれっと ,toとぅ deploreでぷろー
❼
漸
ゼン・▲ザン・▲漸ようやく・▲漸すすむ・▲漸やや
gradualぐらじゅある progressぷろーぐれす
❼
紡
ボウ・▲ホウ・㋙紡つむぐ
spinすぴん
(付記,Note)
※ 最初の行は音訓読みを記載しています。カタカナは音読み、ひらがなルビは訓読みです。
※ ▲は常用外の読み方です。㊥は中学・㋙は高校で習う読み方です。漢検・漢字辞典の記載に準拠しています。
※ ▲ is a non-regular reading. ㊥ is the reading learned in junior high school and ㋙ is the reading learned in high school.
■ 漢字のリンク集/書き順&意味 , stroke order:Mojinavi , Another languages:Google , Bing
1小2 ❷内MojnaviGoogleBing
2小5 ❺備MojnaviGoogleBing
3小5 ❺準MojnaviGoogleBing
4小5 ❺能MojnaviGoogleBing
5小5 ❺造MojnaviGoogleBing
6中学 ❼丈MojnaviGoogleBing
7中学 ❼幾MojnaviGoogleBing
8中学 ❼慨MojnaviGoogleBing
9中学 ❼漸MojnaviGoogleBing
10中学 ❼紡MojnaviGoogleBing
★★★ 各小説投稿サイトへのリンク集(各投稿サイトでも公開しています) ★★★
Q:青空文庫って、何ですか?
A:1997年に始まったボランティア活動で、誰にでもアクセスできる自由な電子本を、共有可能なものとして図書館のようにインターネット上に集めようとしております。現在は、日本国内で著作権保護期間の満了した作品を中心に、ボランティアのみなさんの力によって電子化作業を進めています。青空文庫はそういった電子化活動のための、またその成果物をアーカイヴしておくための場でもあり、そこからコピーされた本の集成や活用事例もまた〈青空文庫〉と呼ばれることがあります。
Q: What is Aozora Bunko?
A: The volunteer activities, which began in 1997, the free e-book that can be accessed by anyone in, we are going to gather on the Internet like a library as a thing that can be shared. Currently, we are proceeding with digitization work with the help of volunteers, focusing on works whose copyright protection period has expired in Japan. Aozora Bunko is a place for such digitization activities and for archiving the deliverables, and the collection and use cases of books copied from it are also sometimes called “Aozora Bunko”.
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