Ago and New
ルビ付きテキスト

第76話 氷屋の旗・石川啄木(新字旧仮名)


■ 伏字ふせじ漢字かんじ

※ ❶いち~から❻ろくは小1しょういち~から小6しょうろく、❼ななは中学ちゅうがくで覚おぼえる常用じょうよう漢字かんじです。
小1,❶: 耳 , 虫
小6,❻: 優 , 姿
中学,❼: 乾 , 扇 , 汗 , 湧 , 炎 , 縁

■ 学習がくしゅうコンテンツ  

※ 読よみ仮名がなで漢字『かんじ』(『かんじ』)の様ように括弧かっこの付ついた漢字かんじは原書げんしょで読よみ仮名がなが付ついている漢字かんじです。
  旧きゅう仮名かな遣づかいは新しん仮名かな遣づかいに変かえている場合ばあいもあります。


作品さくひん名めい:氷屋こおりやの旗はた
著者ちょしゃ名めい:石川いしかわ 啄木たくぼく

 親したしい人ひとの顔かおが、時ときとして、凝乎『ぢつ』と見みてゐいる間『うち』に見みる見みる肖『に』ても肖につかぬ顔かお――顔かおを組立くみたててゐいる線せんと線せんとが離はなれ/\ばなれになった様ような、唯ただ不ふ釣合つりあいな醜みにくい形かたちに見みえて来くる事ことがある。それと同おなじ様ように、自分じぶんの周囲しゅういの総すべての関係かんけいが、亦また時ときとして何なんの脈みゃく絡らくも無ない、唯ただ浅猿『あさま』しく厭いとはしい❻すがたに見みえる。――恁『か』うした不ふ愉快ゆかいな感かんじに襲おそはれる毎ごとに、私わたくしは何なんの理由りゆうもなき怒いかり――何処どこへも持もって行いき処どころの無ない怒いかりを覚おぼえる。
 双肌『もろはだ』脱ぬいだ儘まま仰向『あふむけ』に寝転ねころんでゐいると、明あけ放はなした二に階かいの窓まどから向むかひいの氷こおり屋やの旗『フラフ』と❼かわき切きった瓦かわら屋根やねと真白まっしろい綿わたを積つみ重かさねた様ような夏なつの雲くもとが見みえた。旗『フラフ』は戦『そよ』と風かぜもない❼天えんてんの下もとに死しんだ様ように低頭『うなだ』れて襞『ひだ』一ひとつ揺ゆらがぬ。赤あかい❼えんだけが、手てが触さわったら焼やけさそうに思おもはれる迄まで燃もえてゐいる。
 私わたくしも、手ても足あしも投出なげだした儘まま動うごかなかった。恰『あたか』も其その氷屋こおりやの旗はたが、何なにかしら為『し』よう/\しようと焦心『あせ』り乍ながら、何なにもせずにゐいる自分じぶんの現在げんざいの精神せいしんの❻すがたの様ようにも思おもはれた。そして私わたくしの怒いかりは隣室りんしつでバタ/\ばた団❼うちわを動うごかす家『うち』の者ものの気勢『けはひ』にも絶間たえまなく煽あおられてゐいた。胸むねに❼わき出でる❼あせは肋骨『あばらぼね』の間あいだを伝つたってチョロリ/\ちょろりと背せの方ほうへ落おちて行いった。
 不図『ふと』、❻やさしい❶むしの音ねが❶みみに入いった。それは❼日えんにち物ものの籠かごに入いれられて氷屋こおりやの店みせに鳴なくのである。――私わたくしは昔むかし自分じぶんの作つくった歌うたをゆくりなく旅先たびさきで聴きく様ような気きがした。そして、正直しょうじきのところ、嬉うれしかった。幼馴染『をさななじみ』の浪漫的『ロマンチツク』――❻やさしい❶むしの音ねは続つづいて聞きこえた――
 それも暫時『しばし』。夏なつももう半なかばを過すぎるのだと思おもふうと、❼あせに濡ぬれた肌はだの気味きみの悪わるさ。一体いったい何なにを自分じぶんは為する事ことがあるのだらろうと思おもひい乍ながら、私わたくしは復また死しんだ様ような氷屋こおりやの旗『フラフ』を見みた。

■ コンテンツこんてんつ  


作品さくひん名めい:氷屋こおりやの旗はた
著者ちょしゃ名めい:石川いしかわ 啄木たくぼく

 親したしい人ひとの顔かおが、時ときとして、凝乎『ぢつ』と見みてゐいる間『うち』に見みる見みる肖『に』ても肖につかぬ顔かお――顔かおを組立くみたててゐいる線せんと線せんとが離はなれ/\ばなれになった様ような、唯ただ不ふ釣合つりあいな醜みにくい形かたちに見みえて来くる事ことがある。それと同おなじ様ように、自分じぶんの周囲しゅういの総すべての関係かんけいが、亦また時ときとして何なんの脈みゃく絡らくも無ない、唯ただ浅猿『あさま』しく厭いとはしい姿すがたに見みえる。――恁『か』うした不ふ愉快ゆかいな感かんじに襲おそはれる毎ごとに、私わたくしは何なんの理由りゆうもなき怒いかり――何処どこへも持もって行いき処どころの無ない怒いかりを覚おぼえる。
 双肌『もろはだ』脱ぬいだ儘まま仰向『あふむけ』に寝転ねころんでゐいると、明あけ放はなした二に階かいの窓まどから向むかひいの氷こおり屋やの旗『フラフ』と乾かわき切きった瓦かわら屋根やねと真白まっしろい綿わたを積つみ重かさねた様ような夏なつの雲くもとが見みえた。旗『フラフ』は戦『そよ』と風かぜもない炎天えんてんの下もとに死しんだ様ように低頭『うなだ』れて襞『ひだ』一ひとつ揺ゆらがぬ。赤あかい縁えんだけが、手てが触さわったら焼やけさそうに思おもはれる迄まで燃もえてゐいる。
 私わたくしも、手ても足あしも投出なげだした儘まま動うごかなかった。恰『あたか』も其その氷屋こおりやの旗はたが、何なにかしら為『し』よう/\しようと焦心『あせ』り乍ながら、何なにもせずにゐいる自分じぶんの現在げんざいの精神せいしんの姿すがたの様ようにも思おもはれた。そして私わたくしの怒いかりは隣室りんしつでバタばた/\ばた団扇うちわを動うごかす家『うち』の者ものの気勢『けはひ』にも絶間たえまなく煽あおられてゐいた。胸むねに湧わき出でる汗あせは肋骨『あばらぼね』の間あいだを伝つたってチョロリちょろり/\ちょろりと背せの方ほうへ落おちて行いった。
 不図『ふと』、優やさしい虫むしの音ねが耳みみに入いった。それは縁日えんにち物ものの籠かごに入いれられて氷屋こおりやの店みせに鳴なくのである。――私わたくしは昔むかし自分じぶんの作つくった歌うたをゆくりなく旅先たびさきで聴きく様ような気きがした。そして、正直しょうじきのところ、嬉うれしかった。幼馴染『をさななじみ』の浪漫的『ロマンチツク』――優やさしい虫むしの音ねは続つづいて聞きこえた――
 それも暫時『しばし』。夏なつももう半なかばを過すぎるのだと思おもふうと、汗あせに濡ぬれた肌はだの気味きみの悪わるさ。一体いったい何なにを自分じぶんは為する事ことがあるのだらろうと思おもひい乍ながら、私わたくしは復また死しんだ様ような氷屋こおりやの旗『フラフ』を見みた。

■ 原書情報(青空文庫) 図書カード:No.811(新字旧仮名) https://www.aozora.gr.jp/cards/000153/card811.html https://www.aozora.gr.jp/cards/000153/files/811_20504.html 底本:「日本の名随筆18 夏」作品社    1984(昭和59)年4月25日第1刷発行 底本の親本:「石川啄木全集 第四巻」筑摩書房    1980(昭和55)年3月 初出:「東京毎日新聞」    1909(明治42)年8月 入力:砂場清隆 校正:菅野朋子
■ 漢字の説明( Explanation of kanji )  
❶
耳
㊥ジ・耳みみ・▲耳のみ
earいぁ
❶
虫
チュウ・虫むし
insectいんせくと ,bugばぐ
❻
優
ユウ・▲ウ・㊥優やさしい・㊥優すぐれる・▲優ゆたか・▲優まさる・▲優わざおぎ・▲優やわらぐ
affectionateぁふぇくしゃなと ,attentiveぁてんてぃゔ ,fondふぁんど ,friendlyふれんどり
❻
姿
シ・姿すがた
appearanceぁぴらんす ,shapeしぇいぷ ,presenceぷれずんす ,figureふぃぎゃ ,aspectあすぺくと
❼
乾
カン・▲ケン・乾かわく・乾かわかす・▲乾ほす・▲乾ひ・▲乾いぬい
dryどらい ,dryingどらいいんぐ ,driedどらいど ,curedきゅらど
❼
扇
セン・扇おうぎ・▲扇あおぐ・▲扇おだてる
fanふぁん
❼
汗
カン・汗あせ
sweatすぅえと ,sweatingすぅえてぃんぐ ,perspirationぱーすぱれいゃん
❼
湧
ユウ・▲ヨウ・湧わく
springすぷりんぐ ,occurぁかー ,seetheしーず ,intumesceいんてぃゅめす ,bubbleばぶる upぁぷ
❼
炎
エン・炎ほのお・▲炎もえる
flameふれいむ ,blazeぶれいず ,inflammationいんふらめぃしゃん
❼
縁
エン・縁ふち・▲縁へり・▲縁よる・▲縁えにし・▲縁ゆかり・▲縁よすが
fateふぇいと ,destinyですたに ,chanceちゃんす ,relationりれいゃん ,karmaかーま ,bondsばーんず ,connectionかねくしゃん
(付記,Note)
※ 最初の行は音訓読みを記載しています。カタカナは音読み、ひらがなルビは訓読みです。
※ ▲は常用外の読み方です。㊥は中学・㋙は高校で習う読み方です。漢検・漢字辞典の記載に準拠しています。
※ ▲ is a non-regular reading. ㊥ is the reading learned in junior high school and ㋙ is the reading learned in high school.
■ 漢字のリンク集/書き順&意味 , stroke order:Mojinavi , Another languages:Google , Bing
1小1 ❶耳MojnaviGoogleBing
2小1 ❶虫MojnaviGoogleBing
3小6 ❻優MojnaviGoogleBing
4小6 ❻姿MojnaviGoogleBing
5中学 ❼乾MojnaviGoogleBing
6中学 ❼扇MojnaviGoogleBing
7中学 ❼汗MojnaviGoogleBing
8中学 ❼湧MojnaviGoogleBing
9中学 ❼炎MojnaviGoogleBing
10中学 ❼縁MojnaviGoogleBing
★★★ 各小説投稿サイトへのリンク集(各投稿サイトでも公開しています) ★★★
Q:青空文庫って、何ですか?
A:1997年に始まったボランティア活動で、誰にでもアクセスできる自由な電子本を、共有可能なものとして図書館のようにインターネット上に集めようとしております。現在は、日本国内で著作権保護期間の満了した作品を中心に、ボランティアのみなさんの力によって電子化作業を進めています。青空文庫はそういった電子化活動のための、またその成果物をアーカイヴしておくための場でもあり、そこからコピーされた本の集成や活用事例もまた〈青空文庫〉と呼ばれることがあります。
Q: What is Aozora Bunko?
A: The volunteer activities, which began in 1997, the free e-book that can be accessed by anyone in, we are going to gather on the Internet like a library as a thing that can be shared. Currently, we are proceeding with digitization work with the help of volunteers, focusing on works whose copyright protection period has expired in Japan. Aozora Bunko is a place for such digitization activities and for archiving the deliverables, and the collection and use cases of books copied from it are also sometimes called “Aozora Bunko”.
© 2020 agoandnew All rights reserved.