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ルビ付きテキスト

第87話 幽霊の芝居見・薄田泣菫(新字旧仮名)


■ 伏字ふせじ漢字かんじ

※ ❶いち~から❻ろくは小1しょういち~から小6しょうろく、❼ななは中学ちゅうがくで覚おぼえる常用じょうよう漢字かんじです。
小2,❷: 寺 , 弟
小4,❹: 戦
小6,❻: 亡
中学,❼: 乞 , 伯 , 堅 , 帥 , 虜 , 逸

■ 学習がくしゅうコンテンツ  

※ 読よみ仮名がなで漢字『かんじ』(『かんじ』)の様ように括弧かっこの付ついた漢字かんじは原書げんしょで読よみ仮名がなが付ついている漢字かんじです。
  旧きゅう仮名かな遣づかいは新しん仮名かな遣づかいに変かえている場合ばあいもあります。


作品さくひん名めい:幽霊ゆうれいの芝居しばい見み
著者ちょしゃ名めい:薄田すすきだ 泣菫きゅうきん

 欧おう洲しゅう大たい❹せんの時とき、西部せいぶ❹線せんせんにゐいた英軍えいぐんの塹壕ざんごう内ないでは、死しんだキツチナア元❼げんすいが俘❼ふりょになつて独❼どいつにゐいるといふゆう噂うわさが頻しきりにあつた。前線ぜんせんで俘❼ふりょになった独❼どいつ兵へいのなかには、❼林べるりんの俘❼ふりょ収容しゅうよう所じょで怖おそろしく背せの高たかい元❼げんすいの後うしろ姿すがたを見みかけたといふうものが少すくなくなかった。オウクネエ島とう附近ふきんで溺死できしした元❼げんすいが蘇生よみがえった筈はずもないが、それでも誰だれも見みた、彼かれも見みたと言いふうからには、これもまんざら嘘うそだとばかしは言いはれない。
 去年きょねんオスカア・ワイルドが巴里ぱりの穢きたない宿屋やどやで窮死きゅうしした時ときも、その後あと二に三さんヶ月かげつ経たってから、あっちこっちで、ワイルドを見みかけたといふう人ひとがちょいちょいあった。
 伊勢いせは寂じゃく照しょう❷じの画僧がそう月僊げっせんは、❼食こじき月僊げっせんと言いはれて、幾いく万まんといふう潤じゅん筆ぴつ料りょうを蓄ため込こんだ坊ぼうさんだが、その❷子でしに谷口たにぐち月窓げっそうといふう男おとこがゐいた。沈黙家『むつつりや』で石いしのやように手て❼がたい生うまれつきであった。
 その月窓げっそうに母はは親おやが一人ひとりあった。この母はは親おやがある時とき芝しば居いへ行いくと、隣となり桟敷さじきに予かねて知しり合あいの某なにがしといふう女おんなが来き合あわせてゐいた。その女おんなは大だいの芝居しばい好ずきで、亭主ていしゅに死しに別わかれてからは、俳優はいゆうの顔かおばかり夢ゆめに見みるといふう風ふうな女おんなであった。
 その日ひも二人ふたりは夢中むちゅうになって、芝居しばいや俳優はいゆうの噂うわさをした。翌日よくじつになって、月窓げっそうの母親ははおやが挨拶あいさつかたがたその女おんなを訪たずねてゆくと、鼻はなの尖とがった嫁よめさんが出でて来きて不ふ思し議ぎさそうな顔かおをした。
「お母かあさんですか、お母かあさんは貴女あなた、❻なくなりましてから、今日きょうで三み月つきあまりにもなりますよ。」
「え、お❻なくなりですって。でも、私わたくしは昨さく夜や芝居しばいでお目めに懸かかりましたが……」
「まさか。」
と言いって嫁よめさんは相あい手てにしなかった。そしてどうかすると、こちらを狂きょう人じん扱あつかひいにしさそうなので、月窓げっそうの母親ははおやは黙だまって帰かえったが、途中とちゅう蹠『あしのうら』は地ちに著つかなかった。

■ コンテンツこんてんつ  


作品さくひん名めい:幽霊ゆうれいの芝居しばい見み
著者ちょしゃ名めい:薄田すすきだ 泣菫きゅうきん

 欧おう洲しゅう大たい戦せんの時とき、西部せいぶ戦線せんせんにゐいた英軍えいぐんの塹壕ざんごう内ないでは、死しんだキツチナアきつちなあ元帥げんすいが俘虜ふりょになつて独逸どいつにゐいるといふゆう噂うわさが頻しきりにあつた。前線ぜんせんで俘虜ふりょになった独逸どいつ兵へいのなかには、伯林べるりんの俘虜ふりょ収容しゅうよう所じょで怖おそろしく背せの高たかい元帥げんすいの後うしろ姿すがたを見みかけたといふうものが少すくなくなかった。オウクネエおうくねえ島とう附近ふきんで溺死できしした元帥げんすいが蘇生よみがえった筈はずもないが、それでも誰だれも見みた、彼かれも見みたと言いふうからには、これもまんざら嘘うそだとばかしは言いはれない。
 去年きょねんオスカアおすかあ・ワイルドわいるどが巴里ぱりの穢きたない宿屋やどやで窮死きゅうしした時ときも、その後あと二に三さんヶ月かげつ経たってから、あっちこっちで、ワイルドわいるどを見みかけたといふう人ひとがちょいちょいあった。
 伊勢いせは寂じゃく照しょう寺じの画僧がそう月僊げっせんは、乞食こじき月僊げっせんと言いはれて、幾いく万まんといふう潤じゅん筆ぴつ料りょうを蓄ため込こんだ坊ぼうさんだが、その弟子でしに谷口たにぐち月窓げっそうといふう男おとこがゐいた。沈黙家『むつつりや』で石いしのやように手て堅がたい生うまれつきであった。
 その月窓げっそうに母はは親おやが一人ひとりあった。この母はは親おやがある時とき芝しば居いへ行いくと、隣となり桟敷さじきに予かねて知しり合あいの某なにがしといふう女おんなが来き合あわせてゐいた。その女おんなは大だいの芝居しばい好ずきで、亭主ていしゅに死しに別わかれてからは、俳優はいゆうの顔かおばかり夢ゆめに見みるといふう風ふうな女おんなであった。
 その日ひも二人ふたりは夢中むちゅうになって、芝居しばいや俳優はいゆうの噂うわさをした。翌日よくじつになって、月窓げっそうの母親ははおやが挨拶あいさつかたがたその女おんなを訪たずねてゆくと、鼻はなの尖とがった嫁よめさんが出でて来きて不ふ思し議ぎさそうな顔かおをした。
「お母かあさんですか、お母かあさんは貴女あなた、亡なくなりましてから、今日きょうで三み月つきあまりにもなりますよ。」
「え、お亡なくなりですって。でも、私わたくしは昨さく夜や芝居しばいでお目めに懸かかりましたが……」
「まさか。」
と言いって嫁よめさんは相あい手てにしなかった。そしてどうかすると、こちらを狂きょう人じん扱あつかひいにしさそうなので、月窓げっそうの母親ははおやは黙だまって帰かえったが、途中とちゅう蹠『あしのうら』は地ちに著つかなかった。

■ 原書情報(青空文庫) 図書カード:No.1526(新字旧仮名) https://www.aozora.gr.jp/cards/000150/card1526.html https://www.aozora.gr.jp/cards/000150/files/1526_22311.html 底本:「日本の名随筆 別巻64 怪談」作品社    1996(平成8)年6月25日第1刷発行 底本の親本:「薄田泣菫全集 第四巻」創元社    1939(昭和14)年2月 入力:土屋隆 校正:門田裕志
■ 漢字の説明( Explanation of kanji )  
❷
寺
ジ・寺てら
templeてむぷる
❷
弟
㊥テイ・ダイ・㊥デ・弟おとうと
youngerやんが brotherぶらざ
❹
戦
セン・㊥戦いくさ・戦たたかう・▲戦おののく・▲戦そよぐ
battleばとる ,warわー ,fightふぁいと
❻
亡
ボウ・㋙モウ・▲ム・▲ブ・㋙亡ない・▲亡ほろびる・▲亡うしなう・▲亡にげる
deathです ,deceaseでぃしーす ,perishぺりしゅ
❼
乞
▲キツ・▲コツ・乞こう
begべぐ ,askあすく ,requireりくわいぁ
❼
伯
ハク・▲ハ・▲伯はたがしら・▲伯かしら・▲伯おさ
eldestえるでぃすと brotherぶらざ ,earlあーる ,countかうんと ,chiefちぃーふ officialぁふぃしゃる
❼
堅
ケン・堅かたい
firmふぁーむ ,rigidりじど ,firmnessふぁーむなす ,solidityさりだてぃ
❼
帥
スイ・▲ソツ・▲帥ひきいる
marshalまーしゃる ,governorがヴぁな
❼
虜
リョ・▲ロ・▲虜とりこ・▲虜しもべ・▲虜えびす
captiveきゃぷてぃゔ ,prisonerぷりずな
❼
逸
イツ・▲イチ・▲逸はしる・▲逸うしなう・▲逸それる・▲逸そらす・▲逸はぐれる・▲逸すぐれる・▲逸はやる
loseるーず ,missみす ,strayすとれぃ
(付記,Note)
※ 最初の行は音訓読みを記載しています。カタカナは音読み、ひらがなルビは訓読みです。
※ ▲は常用外の読み方です。㊥は中学・㋙は高校で習う読み方です。漢検・漢字辞典の記載に準拠しています。
※ ▲ is a non-regular reading. ㊥ is the reading learned in junior high school and ㋙ is the reading learned in high school.
■ 漢字のリンク集/書き順&意味 , stroke order:Mojinavi , Another languages:Google , Bing
1小2 ❷寺MojnaviGoogleBing
2小2 ❷弟MojnaviGoogleBing
3小4 ❹戦MojnaviGoogleBing
4小6 ❻亡MojnaviGoogleBing
5中学 ❼乞MojnaviGoogleBing
6中学 ❼伯MojnaviGoogleBing
7中学 ❼堅MojnaviGoogleBing
8中学 ❼帥MojnaviGoogleBing
9中学 ❼虜MojnaviGoogleBing
10中学 ❼逸MojnaviGoogleBing
★★★ 各小説投稿サイトへのリンク集(各投稿サイトでも公開しています) ★★★
Q:青空文庫って、何ですか?
A:1997年に始まったボランティア活動で、誰にでもアクセスできる自由な電子本を、共有可能なものとして図書館のようにインターネット上に集めようとしております。現在は、日本国内で著作権保護期間の満了した作品を中心に、ボランティアのみなさんの力によって電子化作業を進めています。青空文庫はそういった電子化活動のための、またその成果物をアーカイヴしておくための場でもあり、そこからコピーされた本の集成や活用事例もまた〈青空文庫〉と呼ばれることがあります。
Q: What is Aozora Bunko?
A: The volunteer activities, which began in 1997, the free e-book that can be accessed by anyone in, we are going to gather on the Internet like a library as a thing that can be shared. Currently, we are proceeding with digitization work with the help of volunteers, focusing on works whose copyright protection period has expired in Japan. Aozora Bunko is a place for such digitization activities and for archiving the deliverables, and the collection and use cases of books copied from it are also sometimes called “Aozora Bunko”.
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