■ コンテンツこんてんつ  

作品サクヒン名メイ：愚禿グトク親鸞シンラン
著者チョシャ名メイ：西田ニシダ幾多郎キタロウ

　余ヨはワ真宗シンシュウのノ家イエにニ生ウマれレ、余ヨのノ母ハハはワ真宗シンシュウのノ信者シンジャでデあるアルにニ拘カカワらずラズ、余ヨ自身ジシンはワ真宗シンシュウのノ信者シンジャでもデモなければナケレバ、またマタ真宗シンシュウについてニツイテ多オオくク知シるルものモノでもデモないナイ。ただタダ上人ショウニンがガ在世ザイセイのノ時トキ自ミズカらラ愚禿グトクとト称ショウしシこのコノ二字ニジにニ重オモきキをヲ置オかれたカレタとトいユうウ話ハナシからカラ、余ヨのノ知シるル所トコロをヲ以モッてテ推オすスとト、愚禿グトクのノ二字ニジはワ能ヨくク上人ショウニンのノ為人ヒトトナリをヲ表アラワすスとト共トモにニ、真宗シンシュウのノ教義キョウギをヲ標榜ヒョウボウしシ、兼カネてテ宗教シュウキョウそのソノ者モノのノ本質ホンシツをヲ示シメすスものモノでデはワなかろうナカロウかカ。人間ニンゲンにニはワ智者チシャもモありアリ、愚者グシャもモありアリ、徳トク者シャもモありアリ、不徳フトク者シャもモあるアル。しかしシカシいかにイカニ大ダイなるナルともトモ人間ニンゲンのノ智チはワ人間ニンゲンのノ智チでデありアリ、人間ニンゲンのノ徳トクはワ人間ニンゲンのノ徳トクでデあるアル。三角形サンカッケイのノ辺ヘンはワいかにイカニ長ナガくクともトモ総スべてベテのノ角カクのノ和ワがガ二ニ直角チョッカクにニ等ヒトしシとトいうイウにニはワ何ナンのノ変カワりリもモなかろうナカロウ。ただタダ翻身ホンシン一回イチカイ、此コノ智チ、此コノ徳トクをヲ捨スてテたタ所トコロにニ、新アラタなナ智チをヲ得エ、新アラタなナ徳トクをヲ具ソナえエ、新アラタなナ生命イノチにニ入ハイるルことコトがガできるデキルのでノデあるアル。これがコレガ宗教シュウキョウのノ真髄シンズイであるデアル。宗教シュウキョウのノ事コトはワ世ヨのノいわゆるイワユル学問ガクモン知識チシキとト何ナンらラ交渉コウショウもモないナイ。コペルニカスこぺるにかすのノ地動チドウ説セツがガ真理シンリでデあろうアロウがガ、トレミーとれみーのノ天動説テンドウセツがガ真理シンリでデあろうアロウがガ、そういうソウイウことコトはワ何方ドチラでもデモよいヨイ。徳行トッコウのノ点テンからカラ見ミてもテモ、宗教シュウキョウはワ自ミズカらラ徳行トッコウをヲ伴トモナいイ来クるルものモノでデあろうアロウがガ、またマタ必カナラずしズシもモこのコノ両者リョウシャをヲ同一視ドウイツシするスルことコトはワできデキぬヌ。昔ムカシ、融禅師ユウゼンジがガまだマダ牛頭山ゴズサンのノ北キタ巌イワオにニ棲スんでンデいたイタ時トキにニはワ、色々イロイロのノ鳥トリがガ花ハナをヲ啣フクんでンデ供養クヨウしたシタがガ、四祖大師シソダイシにニ参サンじてジテからカラ鳥トリがガ花ハナをヲ啣フクんでンデ来コなくなったナクナッタとトいユうウ話ハナシをヲ聞キいたイタことコトがガあるアル。宗教シュウキョウのノ智チはワ智チそのソノ者モノをヲ知シりリ、宗教シュウキョウのノ徳トクはワ徳トクそのソノ者モノをヲ用モチいるイルのでノデあるアル。三角形サンカクケイのノ幾何学的キカガクテキ性質セイシツをヲ究キワめるメルにニはワ紙上シジョウのノ一イチ小ショウ三角形サンカクケイでデ沢山タクサンでデあるアルようヨウにニ、心霊シンレイ上ジョウのノ事実ジジツにニ対タイしてシテはワ英雄エイユウ豪傑ゴウケツもモ匹夫匹婦ヒップヒップとト同一ドウイツでデあるアル。ただタダ眼メはワ眼メをヲ見ミるルことコトはワできずデキズ、山ヤマにニあるアル者モノはワ山ヤマのノ全体ゼンタイをヲ知シるルことコトはワできぬデキヌ。此コノ智チ此コノ徳トクのノ間アイダにニ頭アタマ出頭シュットウ没ボッするスル者モノはワ此コノ智チ此コノ徳トクをヲ知シるルことコトはワできぬデキヌ。何人ナンビトでデあってアッテもモ赤裸々セキララたるタル自己ジコのノ本体ホンタイにニ立タちチ返カエりリ、一ヒトたびタビ懸崖ケンガイにニ手テをヲ撒サッしてシテ絶後ゼツゴにニ蘇ヨミガエったッタ者モノでデなければナケレバこれコレをヲ知シるルことコトはワできぬデキヌ、即スナワちチ深フカくク愚禿グトクのノ愚禿グトクたるタル所以ユエンをヲ味アジワいイ得エたタものモノのみノミこれコレをヲ知シるルことコトがガできるデキルのでノデあるアル。上人ショウニンのノ愚禿グトクはワかくカクのノ如ゴトきキ意味イミのノ愚禿グトクでデはワなかろうかナカロウカ。他力タリキとトいわずイワズ、自力ジリキとトいわずイワズ、一切イッサイのノ宗教シュウキョウはワこのコノ愚禿グトクのノ二字ニジをヲ味アジワうにウニ外ホカならぬナラヌのでノデあるアル。
　しかしシカシ右ミギのノようヨウにニいえイエばバ、愚禿グトクのノ二字ニジはワ独ヒトりリ真宗シンシュウにニ限カギったッタ訳ワケでもデモないナイようヨウであるデアルがガ、真宗シンシュウはワ特トクにニこのコノ方面ホウメンにニ着目チャクモクしたシタ宗教シュウキョウであるデアル、愚人グジン、悪人アクニンをヲ正因ショウインとトしたシタ宗教シュウキョウであるデアル。同オナじくジク愛アイをヲ主シュとトしたシタ他力タリキ宗シュウでデあってもアッテモ、猶太ユダヤ教キョウからカラ出デたタ基督キリスト教キョウはワなおナオ、正義セイギのノ観念カンネンがガ強ツヨくク、いくらかイクラカ罪ツミをヲ責セむるムルとトいユうウ趣オモムキがガあるアルがガ、真宗シンシュウはワこれコレとト違チガいイ絶対的ゼッタイテキ愛アイ、絶対的ゼッタイテキ他力タリキのノ宗教シュウキョウであるデアル。例レイのノ放蕩ホウトウ息子ムスコをヲ迎ムカえたエタ父チチのノようにヨウニ、いかなるイカナル愚人グジン、いかなるイカナル罪人ザイニンにニ対タイしてもシテモ弥陀ミダはワただタダ汝ナンジのノためタメにニ我ワレはワ粉骨砕身フンコツサイシンせりセリとトいってイッテ、これコレをヲ迎ムカえられるエラレルのがノガ真宗シンシュウのノ本旨ホンシでデあるアル。『歎異抄タンニショウ』のノ中ナカにニ上人ショウニンがガ「弥陀ミダのノ五劫思惟ゴコウシユイのノ願ネガイをヲよくよくヨクヨク案アンずればズレバひとヒトへエにニ親鸞シンラン一人ヒトリがガためなりタメナリけりケリ」とトいわれたイワレタのがノガそのソノ極意ゴクイをヲ示シメしたシタものモノでデあろうアロウ。終オワりリにニ宗祖シュウソそのソノ人ヒトのノ人格ジンカクについてニツイテ見ミてもテモ、かのカノ日蓮ニチレン上人ショウニンがガ意気イキ冲天チュウテン、他宗タシュウをヲ罵倒バトウしシ、北条ホウジョウ氏シをヲ目モクしてシテ、小島コジマのノ主アルジらラがガ云々ウンヌンとト壮語ソウゴせしセシにニ比クラべてベテ、吉水ヨシミズ一門イチモンのノ奇禍キカにニ連ツラナりリ北国キタグニのノ隅スミにニ流ナガされサレながらナガラ、もしモシ我ワレ配所ハイショにニ赴オモムかカずんズンばバ何ナニによりニヨリてかテカ辺鄙ヘンピのノ群グン類ルイをヲ化バカせんセンとトいってイッテ、法ホウをヲ見ミてテ人ヒトをヲ見ミなかったナカッタ親鸞シンラン上人ショウニンのノ人格ジンカクはワ頗スコブるル趣オモムキをヲ異イにニしたシタものモノとトいわねばイワネバならぬナラヌ。風カゼ号サケびビ雲クモ走ハシりリ、怒濤澎湃ドトウホウハイのノ間アイダにニ立タちチてテ、動ウゴかざるカザルことコト巌イワオのノ如ゴトきキ日蓮ニチレン上人ショウニンのノ意気イキはワ、壮ソウなるナルことコトはワ壮ソウでデあるがアルガ、煙波エンパ渺茫ビョウボウ、風カゼ静シズカにニ波ナミ動ウゴかざるカザル親鸞シンラン上人ショウニンのノ胸懐キョウカイはワまたマタ何ナンとトなくナク奥床オクユカしいシイでデはワないかナイカ。
　（『宗祖シュウソ観カン』大谷オオヤ学士ガクシ会カイ発行ハッコウ、明治メイジ四十四ヨンジュウヨ年ネン四月シガツ、第ダイ一巻イッカン）