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ルビ付きテキスト

第3話 書斎と星・北原白秋(新字旧仮名)


伏字ふせじ漢字かんじ

いちからろく小1しょういちから小6しょうろくなな中学ちゅうがくおぼえる常用じょうよう漢字かんじです。
小1,❶: 人 , 日 , 木 , 気 , 見
小2,❷: 会 , 光 , 室 , 来 , 間

学習がくしゅうコンテンツ 

仮名がな漢字『かんじ』(『かんじ』)のよう括弧かっこいた漢字かんじ原書げんしょ仮名がないている漢字かんじです。


作品さくひんめい書斎しょさいほし
著者ちょしゃめい北原きたはら白秋はくしゅう

東京とうきょうにはおほしさんがないよ。』
 と、うちのはよくふ。
『ああ、ああ、おれには書斎しょさいがない。』
 これはそのちちであるわたくし自身じしん嘆息たんそくである。
 まつたく小田原おだわら天神てんじんやまはあらゆる星座せいざもとめぐまれてた。山景さんけい風❷ふうこうともにすぐれてあかるかつたが、階上かいじょうのバルコンや寝❷しんしつからあお夜空よぞらうつくしさも格別かくべつであつた。これが東京とうきょうてほとんど❶失みうしなつてしまつた。それでもまだこの谷中たになか墓地ぼちはいい。ときとするとれわたつた満月まんげつよるなどに水水みずみずしい❶星もくせいまばたきもひかる。だが、うちのにわからは菩提樹ぼだいじゅしい❶立こだちさえぎられて、ぼうやのひとみにはうつらない。
 それから、ここのうちである。にわひろく、ちこんで、ひさしふかい、それは古風こふう幽雅ゆうがおもむきもあり、ゆたかな❶持きもちもあるが、どのむろにも❶❷にっこう直接ちょくせつにはあたらない。湿しっけもする。全然ぜんぜん開放的かいほうてきであつた小田原おだわらうちとはあまりにちがぎる。あちらでは震災しんさい半壊はんかいはしても、それは子供こどもがあるいてもれて階上かいじょう生活せいかつではあつたが、きわめて❶安きやす季節きせつかぜひかりとをれてた。さうしてまるで草❶くさき昆虫こんちゅう世界せかい❷借まがりでもしてるやうにたのしまれた。書斎しょさいにしてからが居❷いまにもなり、寝❷しんしつにもなり、客❷きゃくまにもなり、食堂しょくどうにもなり、子供こども遊戯ゆうぎしつでもあつたが、それにまた工場こうじょうたやうではあつたが、その雑然ざつぜんとしたなかにほんたうのいい統一とういつがあつた。❷客らいきゃくまれだし、物音ものおとはせず、常住じょうじゅう読書どくしょ思索しさく創作そうさくとに自分じぶんあそばせてられた。ここへるとそれらのすべてがうしなはれた。
 五月ごがつからこのかた、わたくしはまだこのうちにしつくりとはみつかないのだ。どのむろにも統一とういつはありキチンとはしてるが、それだけかえつて圧迫あっぱくされるやうながする。どのむろつくえ据ゑすえてもちつけないで、あつちへすわつてたり、こつちへこしかけてたりしてる。雑然ざつぜんなにもかもほうりつぱなしにしてむろいのである。びがあつていい『うち』だとはおもふが、それだけまたうつかりとできないのである。
 それに面❷❶めんかいにんおおいことはおおには三十さんじゅうにんもある。はじめのころかねせびりまでが随分ずいぶんた。面❷❶めんかいび❶曜もくようときめてもんとびらふだけたが、ほんたうにこちらの仕事しごとためかんがへてくれさうなひとはさしてりさうにないのでしみじみこまつてしまふ。そしてかんじんの面❷❶めんかいびにはわざわざ時❷じかんをあけてつてるのにほんの一❶ひとり二❶ふたりしかはしない。さうして面❷❶めんかいびふだまでだれかがぬすんでつてしまつた。
 わたくしはここへしててから一晩ひとばんちついた自分じぶん時❷じかんつたことはない。
 こんなことつづいたら、わたくしはほろびるほかはないのだ。仕事しごとができないくらくるしいことはない。病❶びょうきになりさうだ。
 つくづく小田原おだわらはれた❶兎みみずくうちかえりたくなつてる。

コンテンツこんてんつ 


作品さくひんめい書斎しょさいほし
著者ちょしゃめい北原きたはら白秋はくしゅう

東京とうきょうにはおほしさんがないよ。』
 と、うちのはよくふ。
『ああ、ああ、おれには書斎しょさいがない。』
 これはそのちちであるわたくし自身じしん嘆息たんそくである。
 まつたく小田原おだわら天神てんじんやまはあらゆる星座せいざもとめぐまれてた。山景さんけい風光ふうこうともにすぐれてあかるかつたが、階上かいじょうバルコンばるこん寝室しんしつからあお夜空よぞらうつくしさも格別かくべつであつた。これが東京とうきょうてほとんど見失みうしなつてしまつた。それでもまだこの谷中たになか墓地ぼちはいい。ときとするとれわたつた満月まんげつよるなどに水水みずみずしい木星もくせいまばたきもひかる。だが、うちのにわからは菩提樹ぼだいじゅしい木立こだちさえぎられて、ぼうやのひとみにはうつらない。
 それから、ここのうちである。にわひろく、ちこんで、ひさしふかい、それは古風こふう幽雅ゆうがおもむきもあり、ゆたかな気持きもちもあるが、どのむろにも日光にっこう直接ちょくせつにはあたらない。湿しっけもする。全然ぜんぜん開放的かいほうてきであつた小田原おだわらうちとはあまりにちがぎる。あちらでは震災しんさい半壊はんかいはしても、それは子供こどもがあるいてもれて階上かいじょう生活せいかつではあつたが、きわめて気安きやす季節きせつかぜひかりとをれてた。さうしてまるで草木くさき昆虫こんちゅう世界せかい間借まがりでもしてるやうにたのしまれた。書斎しょさいにしてからが居間いまにもなり、寝室しんしつにもなり、客間きゃくまにもなり、食堂しょくどうにもなり、子供こども遊戯ゆうぎしつでもあつたが、それにまた工場こうじょうたやうではあつたが、その雑然ざつぜんとしたなかにほんたうのいい統一とういつがあつた。来客らいきゃくまれだし、物音ものおとはせず、常住じょうじゅう読書どくしょ思索しさく創作そうさくとに自分じぶんあそばせてられた。ここへるとそれらのすべてがうしなはれた。
 五月ごがつからこのかた、わたくしはまだこのうちにしつくりとはみつかないのだ。どのむろにも統一とういつはありキチンきちんとはしてるが、それだけかえつて圧迫あっぱくされるやうながする。どのむろつくえ据ゑすえてもちつけないで、あつちへすわつてたり、こつちへこしかけてたりしてる。雑然ざつぜんなにもかもほうりつぱなしにしてむろいのである。びがあつていい『うち』だとはおもふが、それだけまたうつかりとできないのである。
 それに面会人めんかいにんおおいことはおおには三十さんじゅうにんもある。はじめのころかねせびりまでが随分ずいぶんた。面会日めんかいび木曜もくようときめてもんとびらふだけたが、ほんたうにこちらの仕事しごとためかんがへてくれさうなひとはさしてりさうにないのでしみじみこまつてしまふ。そしてかんじんの面会日めんかいびにはわざわざ時間じかんをあけてつてるのにほんの一人ひとり二人ふたりしかはしない。さうして面会日めんかいびふだまでだれかがぬすんでつてしまつた。
 わたくしはここへしててから一晩ひとばんちついた自分じぶん時間じかんつたことはない。
 こんなことつづいたら、わたくしはほろびるほかはないのだ。仕事しごとができないくらくるしいことはない。病気びょうきになりさうだ。
 つくづく小田原おだわらはれた木兎みみずくうちかえりたくなつてる。

■ 原書情報(青空文庫) 図書カード:No.2424(新字旧仮名) https://www.aozora.gr.jp/cards/000106/card2424.html https://www.aozora.gr.jp/cards/000106/files/2424_24002.html 底本:「日本の名随筆 別巻6 書斎」作品社    1991(平成3)年8月25日第1刷発行 底本の親本:「白秋全集 第一三巻」アルス    1930(昭和5)年6月 入力:土屋隆 校正:noriko saito
■ 漢字の説明( Explanation of kanji ) 

ジン・ニン・ひと
humanひゅーまん beingびーいんぐ

ニチ・ジツ・
dayでぃ

ボク・モク・
treeつりー

キ・ケ・▲いき
atmosphereあともすふぃあ

ケン・▲ゲン・る・える・せる・▲まみえる・▲あらわれる
toとぅ seeしー

カイ・㋙エ・う・▲あつまる・▲あつめる
associationあそしえーしょん

コウ・ひかる・ひかり
lightらいと

シチ・㊥むろ・▲へや・▲つま・▲いえ
roomるーむ

ライ・る・㊥きたる・㊥きたす・▲し・▲
comingかみんぐ

カン・ケン・あいだ・▲はざま・▲あい・▲うかがう・▲ひそかに・▲しず
betweenびっとうぃーん
(付記,Note)
※ 最初の行は音訓読みを記載しています。カタカナは音読み、ひらがなルビは訓読みです。
※ ▲は常用外の読み方です。㊥は中学・㋙は高校で習う読み方です。漢検・漢字辞典の記載に準拠しています。
※ ▲ is a non-regular reading. ㊥ is the reading learned in junior high school and ㋙ is the reading learned in high school.
■ 漢字のリンク集/書き順&意味 , stroke order:Mojinavi , Another languages:Google , Bing
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★★★ 各小説投稿サイトへのリンク集(各投稿サイトでも公開しています) ★★★
Q:青空文庫って、何ですか?
A:1997年に始まったボランティア活動で、誰にでもアクセスできる自由な電子本を、共有可能なものとして図書館のようにインターネット上に集めようとしております。現在は、日本国内で著作権保護期間の満了した作品を中心に、ボランティアのみなさんの力によって電子化作業を進めています。青空文庫はそういった電子化活動のための、またその成果物をアーカイヴしておくための場でもあり、そこからコピーされた本の集成や活用事例もまた〈青空文庫〉と呼ばれることがあります。
Q: What is Aozora Bunko?
A: The volunteer activities, which began in 1997, the free e-book that can be accessed by anyone in, we are going to gather on the Internet like a library as a thing that can be shared. Currently, we are proceeding with digitization work with the help of volunteers, focusing on works whose copyright protection period has expired in Japan. Aozora Bunko is a place for such digitization activities and for archiving the deliverables, and the collection and use cases of books copied from it are also sometimes called “Aozora Bunko”.
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